「お金のプレッシャー」は、ずっと背後に付きまとう。仕事から離れた時期は特に。
この人生で付き合っていかざるを得ない資本主義。その苦しさの正体と、適度な距離の取り方を考えるきっかけになった1冊。
資本主義についていえば、それを絶対視して称賛するのでもなく、全否定して脱成長や共産主義を主張することもしません。
それらの両端の間のどこかにある最適解を、みなさんと一緒に探っていきたいと考えています。
(p.22-23)
序章に書かれているように「個人視点の原則(それは私にとってどんな意味を持つのか、という視点で考える)」「バランスの原則(両極端に走らない)」
「希望の原則(脱力系の教えに安心しない)」に基づき、資本主義との折り合いの付け方を考えていくスタンスに信頼が持てた。
本書を通読し、その内容を「個人視点の原則」に則って、自分に引き寄せて考えてみると、
特に「成長」という追手、その背後にある「イノベーション」という資本主義の構成要素がもたらす圧力に苦しんでいたと思う。
製造業での将来向け研究開発を仕事としていた自分は、仕事で常にこのプレッシャーを感じていた。
「何が新しいのか、イノベーティブなのか」ということを常に厳しく問われ、
無限にイノベーションが生まれ続けるなんてことはあるんだろうか
いつまでこんなことを続ければよいのか
これは果たして社会を良くしていく営みなのだろうか
といった疑念に苛まれていた。
本書ではヨーゼフ・シュンペーターの理論を参照し、
創造的破壊のプロセスによって資本主義は発展するが、その発展によってむしろ資本主義は滅びて社会主義に移行する運命にあると予言。
イノベーションや創造的破壊という発想は、現代人が苦しむ「成長の呪い」を強め、<成長>という追手をより強大な存在にしていると考えられる。
(p. 222-223)
と説く。この考えが全てではないだろうが、自分自身の置かれている状況を、
資本主義社会の構造が内包する問題として客観的に捉えることで、自身が感じていた苦しみとうまく距離を取る契機ができたと思う。
働く中で感じていた苦しさの正体を紐解きたくて手にとった1冊。
メリトクラシー(能力主義)の呪縛が、ジリジリと自分を縛り付けていたことに気づく。
そもそも「能力」とは何なのか?「社会が求める能力」なるものが何なのか、具体的になにをすればよいのか、
ずっと掴めずに苦しんでいたように思う。そんなとき、本書のこの言葉にはっとした。
「能力」は環境次第でいくらでも移ろうもの。個々の身体のなかに確固として存在する臓器のようなはっきりとしたものではない。
誰となにをどのようにやるか、これ次第!
(中略)
さまざまな感情や、考え、言動が入り混じる職場において、なにが、どのような指示系統のなかで進められていくか。
そうした環境と自身がかみ合った状態が、「活躍」や「優秀」と表現されるに過ぎない。
(p.36-37より)
そうか、そもそも「能力」なるものに確固とした定義をすること自体に無理がある。
その得体のしえない、移ろいやすい蜃気楼みたいなものを追いかけて苦しくなっていたのか。
そうやって、自分の状況を客観的に捉えることができただけでも、読んでよかったと思った。
学生時代だったか「おとなになるというと、子どもの自分がそっくりおとなに置き換わっていくと想像するかもしれません。しかし、実際は、子どもの自分の外側に、おとなの自分が鎧のようにできあがっていく、という捉え方のほうが正しいです。」というような主旨の話を伺ったことを覚えている。その時は、何を言っているのかピンとこなかったけれど、伊藤先生の著書を読み、自分をケアする方法を学んだ今、その言葉の意味がよく分かる。
自分の「内なるチャイルド」の声に耳を澄ませること。内なる子どもを大事にしてあげること。それこそが、これからの生き方に必要だ。
振り返って、自分の「内なるチャイルド」はどんな声をあげていただろうか。伊藤先生ご自身の「内なるチャイルド」の声が、自分にも響いた。
「内なるチャイルド」の「遊びたい」「活動したい」には応えていたが、
「疲れたよ」「のんびりしたい」「休みたい」には応えていなかった。
もともと多動傾向があるので、それらの声を拾いづらいというのがあった。
(本書 p.24より)
今までは、興味のあること、やりたいこと(やるべきこと)が多くなりがちで、カレンダーに予定をぎゅうぎゅうに詰めてはパンクする傾向にあった。
この傾向に気づき、自分の「内なるチャイルド」が発する「のんびりしたい」の声に耳を澄ませ、きちんと休息を計画し、「静」の休み方を実践していきたいと思う。
そしてまた、本書では「セルフ・コンパッション」を使って「大人の私」に対するケアを担うことを説いている。
「セルフ」は「自分」、「コンパッション」は「思いやり」なので、セルフ・コンパッションを日本語で平たく言えば、
「自分への思いやり」ということになります。
(本書 p.26より)
「内なるチャイルド」をケアする「大人の私」がケアされていなかった。「大人の私」も加齢によりかなりくたびれてきているのに、それへのケアが足りなかった。
(本書 p.24より)
なるほど、そうか。「内なるチャイルド」の存在に気づき、そのケアをしてあげると同時に、「大人の私」の状態にも目を向け、ケアしてあげること。
この2つが揃うことで「自分をケアする」ことが可能になるのだ、という構造が理解できたことは、自分にとってとても大きな一歩だった。
自分で自分をケアしてあげることは、この本から学んだ。必要なのは技術。技術は学びとることができる。
この本では、まず「ムリ」が3つの段階で進行し、その進行を防ぐには第2段階までが勝負であると説く。
この説明は、自分の過去の経験を振り返っても、腑に落ちるものばかりであった。
仕事が立て込んでいて、満足に休息を取ることができなかった頃、なんだか怒りっぽくなっていて、
ささいなことで感情が大きく揺れ動いていた。思えば、これは「別人化の始まり」だったのであろう。
そのときには、何とか第2段階までで踏みとどまって回復し、また第2段階に踏み入れ、ということを繰り返していた。
そうしているうちに、ライフステージの大きな変化(結婚・やむを得ない要因での転職など)がやってきて、ムリ第3段階に進行してしまったのだな、と振り返った。
普通の過労段階: 健康貯金を使いながら、何とか持ちこたえている状態
別人化の始まり: 周囲は「最近ちょっとおかしいよね」と気がつく
別人化: 「心」が変化してくる
(p.19より)
「ムリ」は構造上、気が付きにくい。そこで「ムリ」に気づくための戦略として、軍隊の情報収集の視点を提示しているのは、
自衛隊メンタル教官ならではの視点で、とても興味深かった。
ムリは体(健康)、人間関係、行動、心(感じ方、考え方)に表れる。
ところが、何らかの変化が表れていても、自分なりの理由を付けて納得してしまっている。
すると、変化も変化と認識できない。そこで、軍隊がよく使う情報収集の視点を紹介しよう。
それは、EEI (Essential Element of Information)という考え方。
敵がどのような活動をしているかわからない時、相手の行動を読んで、もしそうならどんな変化が見えるだろうかと予測し、その変化に注目して情報収集するのだ。
(中略)
例えば、「自分は大丈夫、全然疲れてなんかない」と思っている人でも、試しに、「もしかしたらムリが来ている、疲れているかも……」と考えてみる。もしそうなら、どんな変化があるだろうかと想像し(EEIを立てる)、その変化を探してみる。
(中略)
交通事故予防の「予測運転」と同じ原理だ。
(p.56より)
「頑張らない自分」を認めるための価値観の修正トレーニング、静のストレス解消法、など、これからの歩み方を見直すうえで、有用なことがたくさん書いてあった。
ムリで戦線離脱したことをきっかけに、成長する人も多い。
そのような人は、ムリから復帰するときに自分の人生を総括し、より柔軟で大きい価値観を身に付けていく。
(p.29より)
自分も、今回の「戦線離脱」をきっかけに、しなやかな考え方・生き方を身につけていきたいと思う。
自分自身がメンタル不調からの回復のためにカウンセリングを受けていた時期に、並行して読み進めた本。取り組みはじめた当初は、カウンセリングがどういった営みなのかよく分かっておらず、まさにその「醸し出す怪しさ」を感じていたことは否めない。
しかし、このカウンセリングの世界へのガイドブックを手にしながら、自分自身でその営みを体験した今、副題にもある「変化するということ」がその本質であることを身を持って理解できたと思う。カウンセラーさんとの対話を通して自分自身の心に働きかけ、抱えていた心の問題に対処できるようになること。病気から回復するというと、発症前の状態に戻すというイメージを持ちがちだが、そうではない。発症の根本にある問題を見つめ直し、それに対処する術を身につけること。認知のクセに気づき、世界の捉え方を変えていくこと。そうやって生き方を変化させていく営為なのだ。
「つながりが癒す」という言及に深く頷く。今回、自分の心に起こった問題は、転職先で「仲間」と呼べる人のつながりが構築できず孤軍奮闘状態を強いられたことがトリガーのひとつだった。カウンセラーさんとのセッションは、今現在の問題に対処するだけではなく、今後もし問題が再発してしまったとしても話を聞いて協力してくれる人がいる、というセーフティーネットを構築する時間でもある。そういう安心感が得られたことこそが、心のケアになっているとつくづく感じている。
「変化するということ」は「古い物語を終えること」。そこには「心理的な別れ」「喪失があり、孤独がある」。その痛みに持ちこたえ、新しい物語を始めるためには、カウンセラーさんの手助けが必要不可欠だったと思う。